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ENTRY 2011.08.14 UP!
坂道で浴衣姿のあの人とすれ違う「路地・小路・坂道巡りと、ビヤガーデン・ツアー

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今回のしぶコンは「路地・小路・坂道巡りと、ビヤガーデン・ツアー」。センター街で七夕まつりが開催中ということを受けての「浴衣参加推奨」のナイトツアー。最後は大人気の東急百貨店本店屋上のビヤガーデンで参加者とおおいに夏の暑気を楽しみました。
集合は渋谷ハチ公前。続々と浴衣美人が集まります。通り雨のあがったところで、ツアー出発となりました。
まずは、第一の目的地「のんべい横丁」へ。カウンター席中心の小さな店舗が約40店舗集まる飲み屋街です。
ピーク前にもかかわらず、お店によっては既に満席となっているところもありました。
のんべい横丁と他の飲み屋街との違いは「アットホームさ」。来店の際は、マスターとの相性はもちろん、お客さんとの相性も見てお店を決めるといいらしいです。そうして決めたお気に入りの一店は、あなたにとって第二の我が家となることでしょう。
続いて駐輪場を抜けて、今年整備を終えた「宮下公園」へ。かつては人が住み、「近寄りがたい」公園でしたが、ナイキ・ジャパンが改修を行い、今はきれいな公園となっており、フットサル、クライミング、スケートボード、ダンスの練習に興じる人たちで賑わっています。園内の背が高い樹木は、公園の歴史を物語り、緑陰が涼しげに風を誘っていました。

大和ナデシコの着物姿が美しい。宮下公園にて。

高架下を抜けてマルイシティの裏へと曲がると、やがて「ヒューマックスパビリオン渋谷」の重厚な建築が目の前に現れます。

ヒューマックスパビリオン渋谷

設計者の若林広幸氏はこの他、青山通り沿いの「パシフィックスクエア宮益坂上」の設計も行っています。こちらは壁一面に貼られた丸い茶色のモザイクタイルと水滴のような楕円形の窓が特徴的。渋谷を訪れたら合わせて足を運びたい建築です。この日は通りませんでしたが、ヒューマックスパビリオンからロフト方面へと抜ける坂は「間坂(まさか)」と言います。坂道特集ですから、これも覚えておきましょう。一同は右へ折れて、「公園通り」へ。ここはかつて「区役所通り」と呼ばれていましたが、パルコの開店と共に「公園通り」となりました。(パルコは『公園』の意。)パルコを経営するセゾングループはこのとき、地域一帯の雰囲気作りに力を入れていました。糸井重里さんが作った「坂道で、すれ違う人が美しい」というパルコのキャッチコピーは、坂道の多い渋谷の魅力を伝えるのにふさわしいキャッチコピーとなりました。

公園通り、パルコ前にて。

坂を登りきったところにあるのは「渋谷区役所」。三日月型にゆるいカーブを描くデザインは昭和30年代に建てられたものとは思えません。隣には「渋谷C.C.Lemonホール」が。この命名権の契約は来年までなので、来年以降は名前がまったく別のものに変わる可能性も。そして、背後に広がる「代々木公園」の解説へ。ここは、戦時中は練兵場、戦後から東京オリンピックまでは「ワシントンハイツ」と呼ばれる米軍将校家族の居住区でした。当時米軍が占領していた面積はかなり広く、区内の約1/10程度を占めていました。

渋谷区の地図を広げての説明

続いて、「二・二六事件 慰霊碑」へ。慰霊像の後ろに立つレンガの屏は、旧陸軍刑務所であったときに赤いレンガ塀であったことにちなんで作られています。
人通りの少ない税務署前の通りを通っている間に、日はすっかり落ちてきました。ここを左に曲がると、雰囲気は一転。電球の明かりがそこかしこに灯る一帯へ。この辺りはレコード店が多くあった場所で、今はレコード店に代わっておしゃれな雑貨屋やカフェなども増えてきています。ここで各自好きなお店を回ってもらいました。みなさん、行ってみたいお店はみつかったでしょうか。
大通りへと出ると、そこはオルガン坂。ここからペンギン坂をまたいで、スペイン坂に向かいます。ところで、それぞれの坂道の由来、ご存知ですか。
オルガン坂の名の由来は、周囲に音楽関係の店が多かったため、東急ハンズの階段がオルガンの鍵盤と似ていたため、など諸説あります。ペンギン坂は群れになってひょこひょこ歩く姿がペンギンのようだから。そして、スペイン坂はこの坂にあった「阿羅比花(あらびか)」というお店のマスターがスペインの風景をとても気に入っていたから。
スペイン坂の23段の階段を下りて、七夕飾りが揺れるセンター街へと向かいます。
「センター街」は宮益坂と道玄坂のセンターにあることから「センター街」となりました。一時期は「通るのが怖い」と言われていたセンター街ですが、7年前から自主的な夜回りなどによって環境は改善されつつあります。最近では、FOREVER 21などのファストファッションも進出するようになりました。
次はヤマダ電機の横、一見、なにも見あたらない場所で足を止めます。
ここはかつて「恋文横丁」と呼ばれる一軒当り2~3坪のバラックが約40軒連なるマーケットがありました。ここが恋文横丁と呼ばれるのは、戦後、米兵へのラブレターを語学が堪能だった古着屋の主人が代筆をしていたことにちなんでいます。かつては観光バスが止まるほどの盛況ぶりでしたが、今は碑が残るのみとなっています。
私は本日、ここで初ガイドを務めました。短く話そうとしたのですが、話し始めると止まらない!! 調べたときに知った渋谷のいろんな表情をみなさんに少しでも知ってもらいたいという気持ちが溢れてきました。
少しでも共感してくれた人がまたツアーに参加してくださったり、今度はガイドとして渋谷を共にご案内できたりしたら嬉しく思います。

恋文横丁にて。

「え、ここ通るの!?」 ツアー参加者から思わず声が漏れました。ここから、円山町方面へと向かう怪しげな小路に入ります。通りにくい場所にも足を踏み入れる。これもしぶコンツアーの醍醐味の一つです。百軒店(ひゃっけんだな)へと続く階段を上っていきます。 百軒店は箱根土地株式会社というコクドの前身となった会社が百貨店のコンセプトで被災した下町の有名店・老舗を誘致して計画的に作られたもの。有名な音楽喫茶「ライオン」もここにあります。また、百軒店奥にある千代田稲荷神社もこのとき宮益からここに移転されました。夜も深くなって、千代田稲荷神社の提灯の明かりは闇によく映えていました。

千代田稲荷神社にて。

そして最後の目的地、「ランブリングストリート」へ。「ランブリング」は「ぶらぶらする」という意味です。ホテル街だったこの場所に1980年代からライブハウスが入ってくるようになり、今ではライブハウスが密集する場所となっています。 約2時間のツアーを終え、東急百貨店本店屋上のビヤガーデンに移動します。ここで今日の参加者一同での交流会。初対面同士の方も多くいらっしゃいましたが、みなさん楽しそうに交流を深めていました。

ビヤガーデンで乾杯。

かつて「坂道で、すれ違う人が美しい」というパルコのキャッチコピーがありました。今回のツアーは浴衣姿で参加していただいた方も多く、そのキャッチコピーを体現したツアーになったと思います。 普段は何気なく通っている坂道や小路。しかし、その中にはユニークな名前や歴史を持っているものも少なくありません。今回のツアーをきっかけに、よく使っている通りの由来を調べてみてもいいかもしれません。

writing by 深森

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